u3000家からの便りは、それゆえ、太平洋戦がはじまると間もなく広東で受取つたきり、それが最後であつたから、一家をあげて父の郷里の宇都宮近在へ疎開しようとしている消息を知つているだけである。手紙にはたいてい、父の教訓めいた簡単な文句と、たどたどしい母の繰り言と、妹や弟の、その時の都合での紋切型の挨拶が同封してあつた。 u3000父は小学校の校長を停年でやめて、それまで郷里に持つていたいくらかの家屋敷を売り払い、東京の荻窪へ、小さな住居と貸家を二三軒建て、裏の空地で養鶏をはじめていた。彼が外国語学校へ通うようになつて、一家の財政は、可なり困難のようであつた。家賃の取立てが思うようにならぬのが原因であつた。彼は、父に無断で学校をやめ、友人の伯父の経営する土建会社に事務員としてはいつた。父はそのことを賛成もせず、また強いて反対もしなかつた。彼は、自分が長男だという意識を、それほどはつきりもつて行動したわけではなかつた。しかし、時がたつにつれて、それは自然に彼の胸中に、一種の強制、自発的ではあつたが、絶対の力に抗し難いことを覚つた忍従のかたちで、もたもたしたものを残さずにおかなかつた。オーダーカーテン
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نویسنده: miu